間質性肺疾患診療へのACPの導入(後編)~ACP導入の実際~(静止画)

サイトへ公開:2025年02月27日 (木)

ご監修: 
則末 泰博先生(東京ベイ・浦安市川医療センター 副センター長 救急集中治療科(集中治療部門)/呼吸器内科 部長) 
立川 良先生(神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科 部長代行)

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、「必要に応じて信頼関係のある医療・ケアチーム等※1の支援を受けながら、患者さん本人が現在の健康状態や今後の生き方、さらには今後受けたい医療・ケアについて考え(将来の心づもりをして)、家族等※2と話し合うこと」と定義されています1)。特に将来の心づもりについて言葉にすることが困難になりつつある人、言葉にすることを躊躇する人、話し合う家族等がいない人に対しては、医療・ケアチーム等がその人に適した支援を行い、本人の価値観を最大限くみ取るための対話を重ねていくことが求められます1)
ACPは、予後が不良であることや在宅酸素療法といった緩和ケアの必要性、病状進行の予測しやすさから、呼吸器疾患では肺がんにおいて先行して導入されてきました。間質性肺疾患(ILD)も予後不良かつ緩和ケアが必要な疾患であることから、近年、ACPの導入ニーズが高まっています。

本シリーズでは、前編・後編の2回にわたって、ILD診療におけるACPについて、東京ベイ・浦安市川医療センター 副センター長 救急集中治療科(集中治療部門)/呼吸器内科 部長 則末 泰博先生と、神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科 部長代行 立川 良先生にうかがいます。
前編ではACPの概要や導入意義についてうかがいました。後編は、ACP導入の実際についてうかがいます。

インタビュー実施場所:オリエンタルホテル 東京ベイ、NBI神戸医薬研究所(オンライン)
インタビュー実施日:2024年9月2日(月)

※1 本人の医療やケアを担当している医療、介護、福祉関係者
※2 家族や家族に相当する近しい人

前編ダイジェスト

  •  患者さんの治療に対する希望を事前に文面に残すアドバンス・ディレクティブ(AD)やリビング・ウィル(LW)を前身に、「ある治療に対する患者さんの価値観をその結論に至った過程も含めて患者さんのご家族や医療スタッフみんなで共有し、尊重する」というACPが発展した。
  • ACPは、患者さんの価値観が尊重された治療を行うことを目的に実施するものであり、その達成のためにはShared Decision Making(SDM)が必要になる。
  •  ILD診療においては、在宅酸素療法などの緩和ケアを必要とする患者さんが増えてきていることから、チーム医療として1人の患者さんに多職種の医療スタッフが関わり、みんなでその患者さんの価値観や治療目標を共有するACPの導入ニーズが高くなっている。

Q1 どのようにご施設でのILD診療にACPを導入されましたか?
立川 良 先生
当院では、急性増悪などによる救急対応が必要となることが多い呼吸器内科で、患者さんの病状や治療方針を救急部のスタッフと共有したいという高いニーズがありました。そこで、まずは呼吸器内科において、スタッフ間で共有するACPのテンプレートを院内の端末に実装しました。
開始当初は、医師がリハビリ入院や在宅酸素療法の導入、急性増悪で入院して退院する前などに患者さんに説明したことを記載するようにしていました。しかし、細かい項目までテンプレート化したため、普段の診療で記載するには手間がかかり、患者さんに関わる全スタッフが入力を習慣化するのは難しいという問題がありました。そこで、「何度でも更新でき、履歴(プロセス)が追えること」、「アクセスが容易で、医療チームで最新の治療方針を共有できること」、「特に普段から患者さんのそばにいて、患者さんの思いや気持ち、価値観を聞くことが多い看護師の方が普段の診療の中で記載しやすいフォームであること」の3つをポイントにおいて、テンプレートを変更しました。
現在は、テンプレートの小項目ごとに聞き取ったスタッフが埋めていく形式としています(図1)。
ご施設によって状況はさまざまかと思いますが、普段の診療でACPを実践するためのシステムを整えることは最低限必要だと考えています。

図1

則末 泰博 先生
当院の場合は、基本的に初診時は総合内科が全患者さんを受け持っている事情もあり、総合内科が主導してACPを導入する動きとなりました。
現在は、施設全体で確認できる電子カルテ内で共通のフォーマットが用意されており、ACPを実施するごとに記録をつける形式になっています。

Q2 どのようなタイミングでILD患者さんへのACPを実施されていますか?
立川 良 先生
ILD患者さんの場合は、病状があまり進行していない初期に終末期の治療選択に関するACPを行っても、おそらく現実感を持てないのではないかと思います。そのため、病状があまり進行していない患者さんに対しては、初期段階のACPとして、ILDの病態や予後、治療選択肢など自分らしく病気と向き合うために必要な情報を理解いただくことがまず大事になると考えています。
実際には、ILDについて説明したパンフレット(図2)などを患者さんにお渡しすることが多いです。その後、治療をしていく中で、抗線維化薬を含めた薬物療法の導入や急性増悪による入院、在宅酸素療法の導入といった病状の進行に応じて、患者さんと今後の治療方針やそれぞれに対する患者さんの価値観について繰り返し話をしていくのが理想的だと考えています(図3)。

図2

図3

則末 泰博 先生
当院の場合は、抗線維化薬の導入時と在宅酸素療法の導入時については、必ずACPの実施を意識してコミュニケーションを行うようにしています。特に抗線維化薬の導入時は、ACPで最低限聞き取るべき要素※3のひとつである、「何を大切にしているか」という患者さんの価値観に沿うようにお話をします。例えば「できるだけ長くお孫さんの成長を見守れるようにお薬を始めてみましょう」といったようにHope for the Best※4を話したうえで、「どういう状況になったら、死ぬよりつらいか」、「たとえ助かるとしても絶対受けたくない治療は何か」といった内容についても話すことになります。

※3 「何を大切にしているか」、「どういう状況になったら、すごく嬉しいか」、「どういう状況になったら、死ぬよりつらいか」、「たとえ助かるとしても絶対受けたくない治療は何か」、「キーパーソン(代理意思決定者)は誰か」
※4 患者さんにとって最も望ましい状況を達成するための治療ゴール

Q3 ILD診療へのACPの導入によって、どのようなメリットがありましたか?
立川 良 先生
ACPの導入によるメリットにはさまざまなものがありますが(図4)、ILD、特に進行性の場合は、ACPに基づいた患者さんの価値観が治療の道しるべになるため、患者さんが治療に対し納得感や満足感、自己肯定感を得られる点が大きなメリットと考えています。例えば急性増悪で患者さんが来院された場合、実際に選択できる治療は限られています。このような場合でも、自身の価値観を反映してその治療を選択したと患者さんに納得いただけることが、ACPのメリットだと感じています。

則末 泰博 先生
ACPの実施は、患者さんだけでなくご家族や医療スタッフにもメリットをもたらします。
ご家族のメリットとしては、患者さん本人が何かしら決断をした時や患者さんに代わって家族が決断した時に、家族としての決断の負担が軽減され、その結果に対する悲嘆や後悔が少なくて済むことが例として挙げられます。
医療スタッフのメリットとしては、患者さんの価値観に沿った決断ができたということで、精神的な負担が軽減されることが例として挙げられます。
反対に、ACPを実施したにもかかわらず、患者さんの価値観が尊重されなかった場合や、病状の変化によって患者さんの価値観が変化したのにもかかわらず、過去のACPに基づいて治療を進めてしまった場合は、ACPを実施したことがかえって害になるため、そのような場合は注意が必要だとも感じています。

図4

ILD診療に取り組まれている先生方へのメッセージ
則末 泰博 先生
ILD診療に限らず、ACPの導入にあたってはご施設のスタッフの理解が必要になると思います。まずは教育を通して、ACPの導入が必要な理由をスタッフに理解してもらうことが重要です。その上で、決められた項目を聞くことで誰でもACPはできるということや、普段の患者さんとの話の中にACPの項目は含まれており、身構えて実施するものではないことを理解してもらうとよいかと思います。
また、ACPは、ILD診療で求められるチーム医療の実施においても役立ちます。チーム医療の実施という観点からも、焦らず、諦めずにACP導入に取り組んでいただけますと幸いです。

立川 良 先生
ACPは何かを決めようとするものではなく、患者さんを人として尊重し、価値観を実現するということです。それは特別なことではなく、我々医療スタッフが普段の診療の中で行っている、患者さんが重要だと思っていることをきちんと聞き出して記録し、共有するというプロセスです。したがって、ACPの型にはめようとするのではなく、医療現場のニーズに合わせて患者さんの価値観を尊重するために必要なことをスタッフ間で共有していくという形で進めるとACPを広めていくことができるかと思います。
今回ご紹介した内容を、ご施設へのACP導入の参考にしていただけますと幸いです。

【参考文献】

  1. Miyashita J, Norisue Y et al.: J Pain Symptom Manage. 2022;64(6):602-613.

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