間質性肺疾患診療へのACPの導入(前編)~ACPの概要・導入意義~(静止画)

サイトへ公開:2025年01月30日 (木)

ご監修: 
則末 泰博 先生(東京ベイ・浦安市川医療センター 副センター長 救急集中治療科(集中治療部門)/呼吸器内科 部長) 
立川 良 先生(神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科 部長代行)

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、「必要に応じて信頼関係のある医療・ケアチーム等※1の支援を受けながら、患者さん本人が現在の健康状態や今後の生き方、さらには今後受けたい医療・ケアについて考え(将来の心づもりをして)、家族等※2と話し合うこと」と定義されています1)。特に将来の心づもりについて言葉にすることが困難になりつつある人、言葉にすることを躊躇する人、話し合う家族等がいない人に対しては、医療・ケアチーム等がその人に適した支援を行い、本人の価値観を最大限くみ取るための対話を重ねていくことが求められます1)
ACPは、予後が不良であることや在宅酸素療法といった緩和ケアの必要性、病状進行の予測しやすさから、呼吸器疾患では肺がんにおいて先行して診療に導入されてきました。間質性肺疾患(ILD)も予後不良かつ緩和ケアが必要な疾患であることから、近年、ACPの導入ニーズが高まっています。

本シリーズでは、前編・後編の2回にわたって、ILD診療へのACPの導入について、東京ベイ・浦安市川医療センター 副センター長 救急集中治療科(集中治療部門)/呼吸器内科 部長 則末 泰博先生と、神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科 部長代行 立川 良先生にうかがいます。前編は、ACPの概要や導入意義についてうかがいます。

インタビュー実施日:2024年9月2日(月)

※1 本人の医療やケアを担当している医療、介護、福祉関係者
※2 家族や家族に相当する近しい人

Q1 ACP登場の背景について教えてください

則末 泰博 先生
ACPの前身として、アドバンス・ディレクティブ(AD)やリビング・ウィル(LW)が提唱されていました。ADやLWは、呼吸機能が低下しても人工呼吸器はやめてほしいといったような患者さんの治療に対する希望を事前に文面に残すもので、患者さんが望まない治療から自分の身を守るための手段として登場し、発達してきました。しかし、ADやLWは、①調子が悪くなったときに、患者さんがADやLWを持参していること、②ADやLWに基づいて、ご家族が医師をはじめとする医療スタッフときちんと話し合ってくれること、③ご家族と医療スタッフの両方が患者さんの希望を尊重するという決断をすること、という3つの条件がそろわないと効果を発揮しませんでした。
実際、米国で9,105例の患者さんを対象にADの効果を検討したSUPPORTスタディでは、患者の自己決定権法(Patient Self-Determination Act)※3の施行後に患者さんが望まない延命治療を受けた割合についてAD実施群と非実施群間に有意差が認められなかったこと、また、患者さんの治療への希望に関して、患者さん、患者さんの代理意思決定者、医師間のコミュニケーションを看護師が促した群でもこの割合に改善がみられなかったことが報告されています2)
この研究もきっかけのひとつとなって、「ある治療に対する患者さんの価値観をその結論に至った過程も含めて患者さんのご家族や医療スタッフみんなで共有し、尊重する」という、ACPに発展していきました。

※3 医療機関における患者の意思決定の権利と医療機関が認める範囲での「事前指示書」の有効性について保障する法律

立川 良 先生
「ある治療についてする、しない」といったような行動に対して言質を取るのではなく、その行動をとると決断した背景にある患者さんの価値観を知ることがACPの本質だといえます。このことは、患者さんに関わる医療スタッフの共通認識として持っておく必要があると考えています(図1)。

図1

Q2 ACPによって共有された患者さんの価値観は、どのように治療に生かされるのでしょうか?

則末 泰博 先生
ACPは、患者さんの価値観が尊重された治療を行うことを目的に実施するものです。すなわち、治療の意思決定に役立つものでなければなりません。しかし、この目的は患者さんの価値観を共有するACPのみを実施するだけでは達成できません。ACPで共有した患者さんの価値観に基づいて、医師をはじめとする医療スタッフが治療選択肢を提案し、患者さんと一緒に意思決定を行うことで実際の治療に反映するプロセス、すなわち、Shared Decision Making(SDM)が必要になります。
また、ACPはチーム医療の実施にも役立つものです。通常、チーム医療というと医学的な適応さえあれば、その治療によって患者さんが引き受けなければならない負担とは関係なく、その治療選択肢へと患者さんを誘導しがちです。ACPによって患者さんの価値観をチームで共有することで、さまざまな診療科や医療スタッフが患者さんが求めている治療というひとつのゴールに向かって医療を提供できるようになります。

立川 良 先生
ILDに限らず、病状の変化によって患者さんの価値観が変わることはよくあります。ACPに基づく意思決定は、患者さんの価値観の変化に合わせて変えてよいものです。ACPの実施はハードルが高いように聞こえるかもしれませんが、日常診療で患者さんとコミュニケーションを取る中で確認できた価値観を記録し、患者さんに関わる全スタッフで共有することこそがACPといえるかと思います。そして、ACPとSDMを繰り返し行っていくことが、最終的に患者さんの価値観を尊重した治療につながると考えています(図2)。

図2

Q3 患者さんの価値観に基づいた意思決定を行うためには、どのような情報を聞き取ることが重要でしょうか?

 

則末 泰博 先生
患者さんの価値観に基づいた意思決定を行うために最低限聞き取るべきACPの項目は、5つの要素にまとめることができると考えています(図3)。
1つめは「何を大切にしているか」です。これは、「何を大切にしていますか?」と患者さんに聞いても答えられるものではありません。そのため、患者さんに生活歴や背景を聞いて、そこから患者さんが大切にしているものを把握することになります。患者さんが大切にしているものは、最終的な治療ゴールの設定に役立てることができます。
2つめは、「どういう状況になったら、すごく嬉しいか」です。これは、患者さんにとって最も望ましい状況を達成するための治療ゴール(Hope for the Best)となり、患者さんが治療を受けるモチベーションになります。
3つめは、「どういう状況になったら、死ぬよりつらいか」です。これは、患者さんが治療を行わない判断をする、患者さんにとって最も望ましくない状況を避けるための治療ゴール(Prepare for the Worst)の設定に役立ちます。例えば、「人工呼吸器依存で生きていく状態はいやだ」、「意識が無くて延命されている状態はいやだ」といった内容です。この質問は急性期や終末期に意思決定を行うために非常に重要なのですが、聞く側にとっても、患者さんにとっても非常に精神的なハードルが高い質問です。私は最近、この質問の前に、「今一番懸念されていることは何ですか?」と聞くようにしています。この質問の侵襲度はHope for the BestとPrepare for the Worstの中間くらいです。この質問に対して、例えば、「これからどんどんと苦しくなっていってしまうのではないかと懸念している」とか、「自分が死んだら妻のことが心配」などの回答が患者さんから出てくると思います。この回答内容を聞くことで、「どういう状況になったら死ぬよりつらいか」についてより自然な流れで聞くことができると思います。
4つめは、「たとえ助かるとしても絶対受けたくない治療は何か」です。これは切迫した病状になるほど聞いたほうがよい要素です。
5つめは、「キーパーソン(代理意思決定者)が誰か」です。キーパーソンは、必ずしも患者さんの家族である必要はありません。患者さんにとって一番いい決断をしてくれる方を、キーパーソンとして聞くことが重要です。

図3

Q4 医療現場へのACPの普及状況について教えてください

則末 泰博 先生
医療現場へのACPの導入は循環器疾患で先行しており、『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』では「意思決定能力が低下する前に、あらかじめ患者や家族と治療や療養について対話するプロセスであるACPの実施」が推奨クラスⅠ[手技・治療が有効・有用であるというエビデンスがあるか、あるいは見解が広く一致している。]で示されています3)。呼吸器疾患では肺がんにおいて、その予後が不良であることや在宅酸素療法といった緩和ケアの必要性、病状進行の予測しやすさから、ILDに先行してACPが診療に導入されています。
また、厚生労働省から出されている『人生の最終段階における意思決定プロセスのガイドライン』4,5)にACPの重要性が記載されていることや、厚生労働省の事業としてE-FIELD(Education For Implementing End-of-Life Discussion)6)というACPの実践方法に関する研修会が実施されていることも、医療現場へのACPの導入推進につながっていると思います。
さらに、令和6年度の診療報酬改定では、入院基本料の要件のひとつに「厚生労働省『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』等の内容を踏まえ、意思決定支援に関する指針を作成すること」が追加されました7)。本改定は医療施設の経営にも影響を与えますので、医療現場へのACPの導入の流れは今後ますます広がっていくものと考えています。

立川 良 先生
ILD診療においては、在宅酸素療法などの緩和ケアを必要とする患者さんが増加していることから、ACP導入ニーズが高まっていると思います。
在宅呼吸ケアの実態を調べた調査では、在宅酸素療法を行っている患者さんのうちILD患者さんが占める割合は2009年時点で18%(3,594例/19,789例)※4でしたが8)、2021年時点では30%(3,372例/11,191例)※5だったことが報告されています9)。このデータと、在宅酸素療法推定患者数が2009年時点の14.8万人から毎年約3,000人増加していることをあわせて考えると10)、緩和ケアが必要なILD患者さんは増加していると考えられます(図4)。

※4 次の疾患のいずれかに該当する患者数及び割合:肺線維症、間質性肺炎、じん肺、膠原病、農夫肺
※5 次の疾患のいずれかに該当する患者数及び割合:肺線維症、間質性肺炎

図4

一方で、専門的な緩和ケアを受けたILD患者さんの割合は肺がん患者さんよりも少なく(図5)、死の質(Quality of Dying and Death:QODD)も低かったことが報告されています(図6)11)

図5

図6

このような背景から、チーム医療として1人の患者さんに多職種の医療スタッフが関わり、みんなでその患者さんの価値観や治療目標を共有するACPの導入ニーズが医療現場で高くなっていると感じています。
医療現場でのACP導入ニーズの高まりに追従するように、『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き2022(改訂第4版)版』12)でも、ACPに関して一定の記載がされるようになっています。

後編は、ACP導入の実際についてうかがいます。

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