ILD患者さんが治療に前向きに向き合うための対話アプローチ(静止画)
サイトへ公開:2025年04月28日 (月)
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ご監修:冨岡 洋海先生(神戸市立医療センター西市民病院 副院長/呼吸器内科部長)

特発性肺線維症(IPF)の生存期間中央値は診断から35ヵ月と報告されており1)、各種がんと比べても予後不良の疾患です2)。慢性かつ進行性の経過をたどるため、早期治療が重要ですが、抗線維化薬の導入率は低いのが現状です3-5)。日本での抗線維化薬治療の実施率は40%にとどまっており、早期治療を望む患者さんの声とギャップがあることが報告されています5,6)。このギャップを埋めるためには、患者さん一人ひとりの声に耳を傾け、対話を通じた共同意思決定(shared decision making)が重要です。
ここでは、IPF診療におけるIPF患者さんと担当医師の意識調査の結果や、対話を効果的に進めるためのツール「SPIKES」を紹介し、患者さんがご自身の病気を理解し、前向きに治療に向き合うための対話を進める工夫について考えていきます。
IPF患者さんとのコミュニケーションがより重要となる場面
はじめに、日常診療の中でIPF患者さんとのコミュニケーションがより重要となる場面について考えてみましょう。
IPF患者さんの中には、咳や息切れなどの自覚症状が乏しい方も多く(図1)、「症状がないのに治療する必要はあるのでしょうか」とおっしゃることも少なくありません。また、副作用や医療費、日常生活への影響などに不安を抱える患者さんも多くいらっしゃいます。日頃から丁寧な説明を心がけていても、診察時間の制約の中で、十分な対話が難しいと感じた経験をお持ちの先生方も多いのではないでしょうか。
図1
診断時の患者さんは特発性肺線維症(IPF)という病名を初めて聞く方も多く、診断までに複数の医療機関を受診する中で、疾患や予後に関する矛盾した説明を受けていることもあります。また、インターネット上の不正確な情報や古い情報に基づいて誤解しているケースも見受けられます7)。
このような状況におかれた患者さんは、医師からの説明をどのように受け取っているのでしょうか。
IPF診療における患者と医師の認識・考えのギャップ
私たちのグループは、IPF患者さんと担当医師を対象に、IPF診断や抗線維化療法に対する意識調査を行いました5,6)。
調査によると、85%以上の医師が「不可逆性の病気であること」(92%)、「初期は無症状であっても進行する病気であること」(91%)、「急性増悪により呼吸機能が急激に悪化し、予後に大きな影響を与える可能性があること」(85%)をIPF診断時に説明していると回答しました(図2)。一方、患者さんでこれらの説明を受けたと回答した割合は、それぞれ64%、41%、48%にとどまり、患者さんと医師の認識に差がみられました(p<0.0001、χ二乗検定)6)。
図2
また、軽症の患者さんに対し、診断後4ヵ月は抗線維化薬を処方せず経過観察を行う理由として、「患者さんが安定しているから」(60%)、「治療費が高いから」(52%)、「IPFの進行が緩やかであるから」(44%)が挙げられました(図3)5)。海外の同様の調査4)と比較すると、日本では早期の治療介入よりも経過観察を重視する傾向があり、約60%の患者さんが抗線維化療法を受けていませんでした。一方で、患者さんは早い段階から治療薬や医療費助成制度などの情報提供を望む傾向が強く、早期治療によるQOLの維持を重視していることが示され、医師の考えと違いがあることが明らかになりました6)。
図3
このように、医師の説明が患者さんに十分に伝わっていないことや、早期治療に対する患者さんの希望と医師の考えに差があることがわかります。では、このギャップを埋め、患者さんと共同意思決定を行っていくためには、患者さんとの対話をどのように進めるべきでしょうか。
効果的な対話を行うためのツール「SPIKES」
患者さんとの対話を効果的に進めるために活用できるツールの一つに「SPIKES」7)があります。このツールは、患者さんとの対話において重要な「患者さんからの情報収集」、「医学的情報の提供」、「患者さんのサポート」、「共同で治療計画を策定」、という4つの目標(図4)を達成するために設計された対話プロセスです7,8)。
図4
SPIKESは、図5に示す6ステップから構成されています。がんを含むさまざまな疾患における患者さんの視点を反映しており、診断や予後の説明だけでなく、疾患進行に伴う不安や懸念への共感的な対応にも有用です7-10)。
図5
IPF診療においても、SPIKESを活用することで、患者さんとのコミュニケーションを効果的に進め、信頼関係をさらに深めることが期待されます。それぞれのステップについて、詳しくみていきましょう。
STEP1:対話の環境を整える(Setting)
はじめに、患者さんとの対話を行うための情報提供の場を設定します(図6)。このステップは、対話を円滑に進めるための準備を整える重要なプロセスです。
図6
患者さんが安心して話しやすい環境を整えるため、プライバシーが確保されたリラックスできる場を用意しましょう。深刻な話題となる場合もあるため、医師自身も説明内容を事前に検討し、難しい質問に備える心構えをしましょう8)。
ご家族の方は、患者さんの日常生活や症状に関する貴重な情報を提供してくださることが多いため、同席を促しましょう。医師だけでなく、看護師や薬剤師など、多職種でサポートする体制を整えることも重要です。患者さんの考えや状況は時間とともに変化するため、定期的に対話の機会を設けることが大切です。
STEP2:患者さんの認識を確認する(Perception)
続くステップ2と3では「伝える前に、尋ねる」原則を実践します。
ステップ2では、医学的な所見を伝える前に、患者さんがご自身の状況をどのように認識しているかを確認します(図7)。
図7
患者さんは特発性肺線維症(IPF)という病名を初めて聞く方も多く、その深刻さをどのように捉えているかには個人差があります。認識を理解することで、誤解を修正したり、情報提供内容を適切に調整することができます8)。
対話の際には、一度の説明で全てを理解できる患者さんはほとんどいないことを考慮します。患者さんが今後やりたいことや目標などを確認することも重要です。日々関わる医療従事者も患者さんの認識を聞き取り、チーム全体で共有することにより、統一されたサポートを提供できます。
STEP3:患者さんの希望を確認する(Invitation for information)
患者さんによって、病状や予後に関する情報提供の希望はさまざまです。「どのような形でお伝えするのがよいでしょうか?」「どのくらい詳しくお話しすることを希望しますか?」など、情報の伝え方について話し合うことで、次の対話の計画に役立てます(図8)8)。
図8
希望を確認した際は、ご家族からも聞き取ることが大切です。わからないことについて「質問がない」と答えた場合は、十分に状況を理解できていない可能性があるため、追加の確認が必要です。また、IPFの治療では医療費が懸念となることがあるため6)、医療費に関連する情報提供の希望についても確認しましょう。
STEP4:患者さんに知識と情報を提供する(Knowledge)
ステップ2と3で確認した患者さんの認識や希望を踏まえ、患者さんの理解度や語彙力に配慮して情報提供を行います(図9)。専門用語を避け、情報を少しずつ伝えることは、患者さんの理解を深めることにつながります8)。
図9
IPF診療では、急性増悪や治療目標、医療費など、理解していただく情報が多岐にわたります。患者さんの理解をサポートするために、視覚的な資料や指導せんを活用しましょう。無症状でも急性増悪が生じる可能性があるため、早期治療の重要性を丁寧に説明します。また、治療法があること、IPFの治療目標は進行抑制であることを十分に理解いただくことも大切です。
STEP5:共感を示しながら返答し、患者さんの感情に対処する(Empathy)
IPF患者さんは、診断時に不安や驚き、納得、悲しみなど、多様な感情を経験するため6)、気持ちによりそい、共感を示しながら説明を進めることが重要です(図10)8)。
図10
共感的な対応として、まず①涙や表情、沈黙、ショックなどの感情的な反応を観察します。次に②沈黙している場合などには、「どのように感じていますか?」といった質問により感情を推測します。③感情の原因が明確でない場合には、直接問いかけることで理解を深めます。最後に④患者さんに対して理解を伝えます8)。
患者さんと一人の人間として向き合い、信頼できる相談相手となることを心がけ、小さなことでも患者さんを励ます姿勢をみせましょう。患者さんは常に医学的に正しい選択をするとは限らないことを理解し、柔軟な対応を心がけましょう。また、医師だけでなく、患者さんと関わる全ての医療従事者が共感を示し共有することを心がけましょう。
STEP6:計画をまとめる(Strategy and Summary)
最後に、これまでの対話内容を要約して今後の計画を立てます(図11)。将来の計画が明確な患者さんは不安を抱きにくい傾向があるため、このプロセスは非常に重要です。
図11
計画を立てる前に、これまでの内容を患者さんが理解しているかどうかを確認することが重要です。状況の認識や希望などを再確認し、それを基に具体的な目標を話し合います8)。
患者さんが望む医療やケアについて記録を残し共有します。また、治療中の体調や副作用への対応については、ご家族の協力を得ることが効果的です。患者さんの考えや希望が変化することを念頭に、定期的に記録を見直しながら対応しましょう。
まとめ
今回は、SPIKESの紹介を通して、患者さんが前向きに治療に向き合うための対話の工夫をみてきました。
意識調査の結果からは、医師が説明を行っていても患者さんに十分には受け取られていないことが示されています。また、医師は症状の安定や医療費を理由に経過観察を選ぶ傾向がある一方で、患者さんは早期治療を希望する傾向があり、医師と患者さんの考えにギャップがあることも明らかになりました。患者さんに治療に前向きになっていただくためには、SPIKESなどを活用し、患者さん一人ひとりの状況や希望によりそった効果的なコミュニケーションを行うことが大切です。
コミュニケーションは、学び、実践する必要があるスキルです。トレーニングを通じて、臨床医の共感力やコミュニケーションスキルが向上することが報告されています7,11,12)。SPIKESを活用した対話の工夫は、患者さんが治療に前向きに向き合うための大きな助けとなります。6ステップは、順番通りに全てを行う必要はなく、どのステップからでも柔軟に取り入れることが可能です。まずは患者さんとの対話の中で、実践しやすいステップから取り入れ、先生の日常診療にお役立ていただければ幸いです。
図12
【参考文献】
- Natsuizaka M. et al.: Am J Respir Crit Care Med 2014; 190(7): 773-779.
- du Bois RM.: Eur Respir Rev 2012; 21(124): 141-146. 著者にベーリンガーインゲルハイム社よりコンサルタント料等を受領している者が含まれます。
- 「特発性肺線維症の治療ガイドライン」作成委員会編. 特発性肺線維症の治療ガイドライン2023(改訂第2版). 2023 著者に日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社より講演料等を受領している者が含まれます。
- Maher TM. et al.: Respiration 2018; 96(6): 514-524. 著者にベーリンガーインゲルハイム社より講演料等を受領している者が含まれます。
- 冨岡洋海 ほか.: 呼吸臨床 2020年4巻3号 論文No.e00097. 本調査は日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社の支援により行われました。
- 冨岡洋海 ほか.: 呼吸臨床 2020年4巻3号 論文No.e00098. 本調査は日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社の支援により行われました。
- Wijsenbeek MS. et al.: ERJ Open Res 2022; 8(1): 00422-2021. 本論文はベーリンガーインゲルハイム社の支援により執筆され、著者に社員が含まれます。
- Baile WF. et al.: Oncologist 2000; 5(4): 302-311.
- Mirza RD. et al.: AJOB Empir Bioeth 2019; 10(1): 36-43.
- Baile WF.: Oncologist 2015; 20(8): 852-853.
- Back AL. et al.: Arch Intern Med 2007; 167(5): 453-460.
- Boissy A. et al.: J Gen Intern Med 2016; 31(7): 755-761.
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