SSc-ILD診療の歴史とSENSCIS試験を振り返る(静止画)

サイトへ公開:2025年08月28日 (木)

ご監修・ご出演:桑名 正隆 先生(日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 教授、強皮症・筋炎先進医療センター センター長 )

抗線維化剤オフェブは2015年に発売され、2019年に全身性強皮症に伴う間質性肺疾患(SSc-ILD)に対する適応を取得しました。
本コンテンツでは、日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 教授、強皮症・筋炎先進医療センター センター長 桑名 正隆先生に、オフェブ登場によるSSc-ILD治療の変化や診療への影響とともに今後のSSc-ILD治療の課題についてお伺いしました。

インタビュー実施日:2025年4月17日
インタビュー実施場所:東京ドームホテル

以前の治療方針

オフェブ登場以前の、一般的なSSc-ILDの治療方針について教えてください。

以前は国内で承認され、効果のエビデンスを有するSSc-ILDの治療はシクロホスファミドのみであり、治療介入によるメリットとデメリットを考慮したうえで、ILDが進行し患者さんが呼吸困難を訴えるようになった段階で治療導入することが一般的でした。胸部CT検査についても、SSc-ILDの進行を経時的に評価する現在とは異なり、通常、自覚症状や胸部単純X線で悪化が見られる患者さんに行われていました。

SENSCIS試験を振り返って

SENSCIS試験の実施当時を振り返って、本試験はどのような位置付けの試験でしたか?

当時、オフェブは特発性肺線維症(IPF)に対する治療薬として承認されており、SSc-ILDにおいても線維化の進行の抑制における有効性や安全性が認められるか検討するために国際共同第Ⅲ相試験であるSENSCIS試験(図1)が実施されることになりました。当時、私も試験プロトコルの立案に加わっていました。

図1

SENSCIS試験のプロトコルの特徴はどのような点でしたか?

特に注目したいのは、診療で遭遇する軽症例から重症例までの幅広い患者さんが対象として加わる試験デザインであった点です。

 

当時、治療の対象とされていた重症例のみではリクルートに時間を要する懸念がありました。さらに、欧米では軽症例からミコフェノール酸モフェチルが使用されており、併用による上乗せ効果が限定的となる可能性が想定され、解析には多くの症例数が必要でした。これらのことを考慮した結果、「肺の線維化の程度がHRCTで10%以上」などを組み入れ基準として、軽症例から試験に組み入れることになりました(図2)。これにより、軽症で今後進行が懸念される症例、あるいはすでに線維化が進行した重症例も試験の対象として組み入れられることになりました。

図2

実際にSENSCIS試験に組み入れられた患者さんにおける、HRCTで評価した肺線維化の割合(平均±SD)は、ニンテダニブ群で36.8±21.8%、プラセボ群で35.2±20.7%であり(図3、4)、軽症例から重症例までの幅広い患者さんが含まれたといえます。

図3

図4

幅広い患者さんが含まれたことで、SENSCIS試験の結果にはどのような影響がありましたか?

SENSCIS試験の主要評価項目である投与52週までのFVCの年間減少率について、ニンテダニブ群ではプラセボ群に対して呼吸機能の低下の有意な抑制が検証されました(p=0.04、ランダム係数回帰モデル)(図5)。幅広いSSc-ILD患者さんを含む集団でこのような結果が得られたことで、重症度や過去の進行によらずオフェブが治療選択肢として使用できるようになりました。

図5

また、患者背景に基づく複数のサブグループ解析の結果、いずれも交互作用に統計的有意差が見られず、オフェブがSSc-ILD患者さんに対して有効性を示したことが明らかとなりました(図6)。

図6

当時、膠原病内科医にとって抗線維化剤というのは基本的にはオフェブが初めての薬剤でした。免疫や炎症に作用する薬剤では、レスポンダーの患者さんとノンレスポンダーの患者さんが存在することが一般的でしたので、こうやって幅広くヘテロな集団において有効性が見られたことに驚きました。

また、安全性についてニンテダニブ群では主な有害事象として下痢(76.4%)や悪心(33.3%)、嘔吐(27.1%)などが報告されました。(図7、8)

図7

図8

SENSCIS試験のもたらしたインパクト

SENSCIS試験は、指針やガイドラインにどのような影響をもたらしましたか?

日本では世界に先駆けて2020年に、日本呼吸器学会と日本リウマチ学会による『膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針』が作成されましたが、これはSENSCIS試験や進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD)患者を対象としたオフェブのINBUILD試験を契機に作成されたものです。その後2023年以降に、欧米でもSSc-ILDやCTD-ILDのガイドラインが作成されるようになりました。

SENSCIS試験以降、臨床にはどのような影響がもたらされましたか?

以前まで治療対象と考えられていなかった軽症の患者さんに対して、治療に関する情報提供ができるようになりました。それまでは医療者側も患者側も、苦しくなって初めて治療を受けるものだという認識であったのが、苦しくなる前に治療開始することができるという認識に変化したことが重要な転換だと感じています。

特にリスクの高い患者さんに対する早期発見・早期治療介入が重要視されるようになったことで、実臨床ではスクリーニングや診断、ILDの進行評価などが必要となりました。それらの実践にあたっては、CTD-ILDコンセンサスステートメントが作成されました。コンセンサスステートメントでは、過去の論文やエキスパートの経験に基づいて推奨される事項が分かりやすく示されており、診療の質を広く向上することに貢献してきたと考えています。

また、別の観点から見た臨床への影響として、SENSCIS試験などを契機に診療科間の連携が急速に進んだことが挙げられます。以前は、呼吸器内科と膠原病内科の医師の連携は限定的でしたが、現在では、学会でも、個々の医療機関においても密な連携をとるようになり、診療や研究の幅を相互に広げることになったと考えています。

さらに、幅広いSSc-ILD患者さんにおけるSENSCIS試験のデータは、オフェブの有効性・安全性の検討という臨床試験の本来の目的のほかにも活用されてきました。たとえばILDが進行しやすい症例の特徴など、多くの有用な知見が現在の診療に役立てられていると考えています1,2)

コラム

「全身性硬化症」と「全身性強皮症」

「全身性硬化症」は、国際的な正式病名であるsystemic sclerosis(SSc)の日本語訳であり、国内の学会では「全身性硬化症」を病名として用いています。

一方、欧米の臨床ではsystemic sclerosisを別名でscleroderma(日本語訳:強皮症)と呼ぶことがあります。このことから、国内の指定難病の告示病名は「全身性強皮症」とされており、それにならってオフェブの適応症も「全身性強皮症に伴う間質性肺疾患」となっています。

今後の課題

今後のSSc-ILD治療における課題は何でしょうか?

最も重要な課題は、生命予後への影響に関するエビデンスです。SENSCIS試験によって、オフェブはSSc-ILDにおける呼吸機能低下の抑制作用が示されていますが、実臨床でもSSc-ILD患者さんの生存期間の延長をもたらすのかについて明らかにしていく必要があると思います。特に、早期に診断・治療介入がされた患者さんの生命予後も、明らかにしていく必要があると思います。今後、生命予後への影響に関するデータが発表されることを期待しています。

もうひとつは、患者さんに最適な治療戦略です。抗線維化剤(オフェブ)に加えて、近年では抗炎症薬・免疫抑制薬の選択肢も増加しました。個々の患者さんに最適な薬剤の選択、投与順や投与タイミングについては、まだデータが少なく十分に明らかになっていません。

SENSCIS試験においては、ミコフェノール酸の併用の有無によるサブグループ解析が実施されています。結果として交互作用に有意差は見られなかったものの、ミコフェノール酸とニンテダニブを併用した群でFVCの年間減少率が最も抑制されたことが確認されました(図9)。こうしたことから、作用機序の異なる薬剤の併用を含めた治療戦略の立て方が今後の課題として考えられます。

図9

最後に、SSc-ILD診療に携わる先生方へのメッセージをお願いします。

SENSCIS試験によって、オフェブは幅広いSSc-ILD患者さんに対する治療選択肢となりました。さらに派生して、SENSCIS試験のデータを活用したエビデンスや、膠原病内科医と呼吸器内科医の連携体制の強化もSSc-ILD治療の向上をもたらしていると考えられます。

オフェブは現状、抗線維化剤としてSSc-ILDに適応を持つ薬剤であり、特性をよく理解して、必要な患者さんに副作用を十分に管理しながら治療を届けることが重要だと考えます。

  • SENSCIS試験では、SSc-ILDの軽症例から重症例までの幅広い患者集団における有効性・安全性が検討された
  • SENSCIS試験以降、SSc-ILDは苦しくなる前に治療開始することができると認識されるようになり、特にリスクの高い患者さんに対する早期発見・早期治療介入が重要視されるようになった
  • SENSCIS試験やINBUILD試験を契機に『膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針』や『CTD-ILDコンセンサスステートメント』が作成され、診療科間の連携体制も強化された
  • 今後の課題として、実臨床における生命予後への影響を明らかにすることや複数薬剤による治療戦略の立て方が挙げられる

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