特発性肺線維症(IPF)における病態形成メカニズム(静止画)
サイトへ公開:2025年09月29日 (月)
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ご監修:西岡 安彦 先生(徳島大学大学院医歯薬学研究部 呼吸器・膠原病内科学分野 教授)
特発性肺線維症(IPF)は、肺線維症として初めて症例報告されて以来、半世紀以上にわたって研究が進められてきました。この間のIPFの病態形成プロセスの研究は、IPFの診断・治療の変遷とともに進展しています。今回は、肺線維症の歴史を振り返りながら、IPFにおける線維化の進展プロセスとオフェブの作用機序についてご紹介します。
1 IPFの診断と治療の歴史
図1

| 1954年: | 本邦において初めて「肺線維症」とする症例が報告されました1,2)。 |
|---|---|
| 1971年および1974年: | それぞれ肺線維症研究会および現在のびまん性肺疾患研究班の前身である厚生省特定疾患調査研究班が発足し、国内における実態調査や疾患の定義・分類の検討が進められました1)。 |
| 1993年: | 3例のIPFにおける急性増悪が本邦から報告され、急性増悪に対する治療法の検討が世界的に進められるようになりました3,4)。 |
診断の変遷
| 1991年: | 厚生省研究班による臨床診断基準として、原因不明のびまん性間質性肺炎を「特発性間質性肺炎」と総称して急性型と慢性型に分類し、さらに慢性型は定型例と非定型例に分類したものが公開されました。この臨床診断基準は、臨床所見、X線所見、病理組織所見に関するものでした1)。 |
|---|---|
| 1990年代: | 気管支肺胞洗浄法(BAL)と経気管支肺生検法(TBLB)、血清マーカーの導入に加えて、高分解能CT(HRCT)や胸腔鏡下肺生検(VATS)の普及が進んだことで、疾患の概念や診断基準にも変化がもたらされるようになりました1)。 |
その後、ガイドラインの改訂を重ねながら、診断基準は変遷を続けていきます。
治療の変遷
| 2000年: | 国際ガイドラインとして、アメリカ胸部学会(ATS)/欧州呼吸器学会(ERS)による国際コンセンサスステートメントが初めて発表されました5)。このステートメントでは、IPFに対する有効な治療のエビデンスの乏しさから、経験的に行われていたステロイドと免疫抑制剤の併用療法が暫定的に推奨されていました5,6)。 |
|---|---|
| 2004年: | 本邦における「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き」の初版が刊行されました9)。 |
| 2000年代後半: | 抗線維化剤としてピルフェニドンとオフェブが登場しました。 |
| 2011年以降: | 国際ガイドラインで抗線維化剤が取り上げられるようになりました6-8)。 |
その後、「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き」は国際ガイドラインに準ずる形で改訂が重ねられます。2022年改訂版の手引きでは、IPFに対する第一選択肢として抗線維化剤が用いられるとされており、2015年改訂版の国際ガイドラインでは「使用を条件付き推奨」とされていることが紹介されています10)。
2 IPFの病態形成および線維化の進展プロセス
前述のとおり、IPFにおける治療は抗炎症・免疫抑制療法から抗線維化療法へと変遷してきました。この背景には、IPFの病態仮説のパラダイムシフトがあります6)。
従来、IPFの病態は「慢性炎症によって肺の線維化が生じる」という概念が抗炎症・免疫抑制療法の根拠となっていました6,11,12)。しかし、研究の進展によって、IPFの病態は「繰り返す肺胞上皮細胞の傷害によって、その修復過程で異常修復が発生し、肺間質に異常な線維化が起こる」という概念でとらえられるようになりました6,11,12)。
では、現在提唱されているIPFの病態形成および線維化の進展プロセス(図2)を詳しく見てみましょう。
環境因子の曝露などによって肺胞上皮細胞が刺激を受けると、その肺胞上皮細胞やマクロファージが炎症性メディエーターを分泌して炎症を惹起することで肺胞上皮細胞や組織の修復を促進します。
さらに、肺胞上皮細胞の傷害によって分泌されたPDGFやTGF-β、VEGF、FGF、CTGFといった線維化メディエーターが線維芽細胞の増殖・遊走を引き起こし、筋線維芽細胞への分化やコラーゲン産生を促進します。従来は筋線維芽細胞から産生されると考えられていたコラーゲンですが、最近ではシングルセル解析などの結果から、活性化された病的線維芽細胞が中心的な産生細胞であることを示唆する報告もあります13)。これらは正常な組織の修復にも重要ですが、肺組織の硬化や細胞外マトリックス(ECM)の沈着も引き起こします。また、線維化メディエーターの活性化を介して線維芽細胞の増殖・遊走をさらに促進することで、線維化が継続的に進行していくループが生じていると考えられています。
図2

このように、IPFの病態は、炎症と線維化を伴う肺胞上皮細胞傷害とそれに続く異常な線維化修復プロセスを経て形成されます。IPFの特徴である線維化のプロセスは肺胞上皮細胞が傷害された時点からすでに始まっていると考えられています。
3 抗線維化剤オフェブの作用機序
抗線維化剤であるオフェブは、PDGFR-α、β、FGFR-1、2、3 及び VEGFR-1、2、3を標的とする低分子チロシンキナーゼ阻害剤です。オフェブは、これらの線維化メディエーターによって誘導される線維芽細胞の増殖・遊走、筋線維芽細胞への分化やコラーゲン産生を抑制することで、IPFに対する抗線維化作用をもたらすと考えられています(図3)。
図3

4 IPFの診断
現在最新の国際ガイドラインでは、IPFの診断はHRCTパターンと、TBLCや外科的肺生検の病理組織パターンを組み合わせて行います(図4)。
図4

HRCTパターンは、陰影の分布とCT像の特徴をもとにUIP、Probable UIP、Indeterminate for UIP、Alternative Diagnosisを示唆するCT所見の4種に分類され、組織学的なUIPに対する確診度に対応するようになっています(図5)。なお、HRCTでUIPパターンまたはProbable UIPパターンが認められた場合は、外科的肺生検を行わずに集学的検討(MDD)の後にIPFの診断を受けることができます14)。
図5

IPFと診断された場合には、不可逆的な線維化の進行を抑制するため、早期に治療介入することが重要です。
5まとめ
● IPFにおける線維化のプロセスは、肺胞上皮細胞が傷害された時点から始まっていると考えられている
● IPFにおいて不可逆的な線維化の進行を抑制するためには、早期の治療介入が重要
今回は、IPFの診断・治療の歴史と、その背景にあるIPFの病態形成プロセスなどをご紹介しました。
IPFは、半世紀以上にわたって病態や診断基準、治療に関する研究が進められてきました。
IPFにおける線維化のプロセスは、肺胞上皮細胞が傷害された時点から始まっていると考えられています。
IPFにおいて不可逆的な線維化の進行を抑制するためには、早期の治療介入が重要です。
今回ご紹介した内容を、IPF患者さんのご診療にお役立ていただけますと幸いです。
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