EGFR遺伝子変異に基づく個別化医療の可能性 #3(静止画)
サイトへ公開:2025年07月30日 (水)
ご監修・ご出演:田中 洋史 先生(新潟県立がんセンター新潟病院 院長)
EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌の治療において、EGFR遺伝子の変異の種類及びバリアントは、治療戦略を決定する上で重要な要因の一つです。そこで今回は、新潟県立がんセンター新潟病院 院長の田中 洋史先生に、Uncommon/Compound mutationの治療戦略検討に向けた遺伝子検査の課題についてお伺いしました。
■多様なEGFR遺伝子変異バリアント
――EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌の治療において、変異バリアントはどのように影響しますか?
EGFR-TKIで期待される治療結果が得られない症例の一部には、EGFR遺伝子変異が関連している可能性があります。
EGFR遺伝子変異には、Common mutation と呼ばれるExon19欠失変異、L858R変異以外に、Uncommon mutationが存在することが従来から知られています。これらの変異の生物学的特性と治療反応性の多様性は、基礎研究で示されてきました1,2)。しかし、最近の臨床研究では、これらがより明確になっています3,4)。
変異バリアントに関する情報が明らかになるにつれて治療の細分化が進み、個々の患者さんがより多くの利益を得られる方向に進んでいくと考えられます。Uncommon mutationはその象徴と言えるでしょうし、多様なバリアントに対する治療戦略を考えていくことが、私たち臨床家に求められていると考えます。


――Uncommon mutationの頻度やバリエーションについて教えてください
Uncommon mutationの頻度については様々な報告があり、EGFR遺伝子変異全体の約3割程度と考えられています5,6)。

遺伝子変異には単一の遺伝子変異を有する場合(Single mutation)と、複数の遺伝子変異を有する場合(Compound mutation)があり、Compound mutationはCommon mutation を含む場合でもUncommon mutationに分類されます。Compound mutationはUncommon mutationの75%を占めるとされ6)、Single mutationと比べて細胞増殖能が高いことを示唆する報告もあります2)。


■遺伝子検査の課題
――既報におけるUncommon mutationの頻度(約3割)は、実臨床での印象と乖離があるのではないでしょうか?
実臨床との乖離はあると感じています。実際に、ランダム化比較試験であるACHILLES試験7)の実施にあたっては、ジオトリフに感受性がある全てのUncommonおよびCompound mutationを対象としましたが、目標症例数に到達するのに予想以上の時間がかかりました。
国内の報告では、マルチプレックス検査でドライバー遺伝子変異が指摘されなかった非小細胞肺癌患者さんに、その後がん遺伝子パネル検査(CGP)を行ったところ、24.5%(330例中81例)にドライバー変異が検出され、そのうちEGFR遺伝子変異が最多であったことが示されています8)。
こうした報告からは、日常診療においてUncommon mutationを含めた変異を十分に拾い上げられていない可能性があると考えられます。


――検査精度を向上させるための課題は何ですか?
まず、信頼性の高い検査の実施には、検体の質の確保、すなわち十分な量の腫瘍細胞を含む検体が必要です。施設によって厳しい基準を設けているところもありますが、それでも検体の質の見極めは難しい場合があります。
また、検出感度やカバーされるバリアントは検査法によって異なります9)。検査の検出感度が低い場合、あるいは検査が特定の変異をカバーしていない場合、変異を見逃す可能性があります。

■患者さんにより多くの利益をもたらすために
――遺伝子検査を実施する際、どのような点に注意を払うべきでしょうか?
まず、信頼性の高い検査結果を得るために検体の質を精査することが不可欠です。このためには、病理医との協力が重要となります。検体の質が担保できない場合には、組織検体だけでなく、細胞診検体での検査が有用であることもあります。
また、遺伝子検査レポートの確認時には、Compound mutationの見落としに特に注意が必要です。Common mutationとされる症例でも、詳細に検査するとUncommon mutationの共存が判明する場合があります。そのため、検査結果を慎重に精査することが求められます。
最後に、遺伝子検査にはさまざまな観点で限界があることを認識し、結果を鵜呑みにしない姿勢が重要です。今把握できている情報は氷山の一角に過ぎないと受け止めることが求められます。これらの点を踏まえることで、より適切な治療戦略を立てることが可能になると考えます。
ポイント
- 遺伝子検査に用いる検体の質を精査する
- Compound mutationの見落としに注意する
- 今把握できている情報は氷山の一角に過ぎないと受け止めて検査結果を慎重に精査する

【引用】
- Robichaux JP. et al.: Nature 597(7878):732-737, 2021
- Kohsaka S. et al.: Sci Transl Med 9(416), eaan6566, 2017
- Yang JC. et al.: Lancet Oncol 16, 830-838, 2015
本研究はベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施された。 - Popat S. et al.: Oncologist 27(4), 255-265, 2022
本研究はベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施された。
著者にベーリンガーインゲルハイム社よりコンサルタント料等を受領している者が含まれる。
本論文の著者のうち2名はベーリンガーインゲルハイム社の社員である。 - John T. et al.: Cancer Epidemiol 76, 102080, 2022
- Kim EY. et al.: Cancer Biol Ther 17(3), 237, 2016
- Miura S. et al.: Journal of Clinical Oncology. Apr 16 2025: JCO2402007. Online ahead of print.
本研究はベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施された。 - Ishida M. et al.: Cancer Sci 115(5), 1656-1664, 2024.
著者にベーリンガーインゲルハイム社よりコンサルタント料等を受領している者が含まれる。 - 日本肺癌学会バイオマーカー委員会編:肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き(2024 年 9 月改訂版). (付表)各コンパニオン診断法における報告対象バリアント. https://www.haigan.gr.jp/publication/guidance/inspection/(2025年4月アクセス)
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